一部繰上返済(ほぼ同じ意味で、内入れ返済、内入れ弁済(うちいれべんさい)とも呼びます。)とは、契約による分割返済とは別に、債務者が自発的に、もしくは、金融機関の要請により、ある程度まとまった返済を行うことをいいます。
法人融資において、この繰上げ返済を、自らしようとする時、金融機関に要請された時に、注意すべき点を解説します。
目次
1.自主的に一部繰上返済をしようとする時は再考する
(1)キャッシュは常に多く持つことが重要
自主的に繰上げ返済をしようとする場合は、本当に返す必要があるのかをもう一度考えてください。
借り入れは悪いことなのか?無借金経営のメリット・デメリットでも書いていますが、借入には多くのメリットがあることを理解されていない方がいらっしゃいます。基本的に「苦しくなった時にまた借りれば良い」という考えは銀行には通用しません。(よく言う、雨が降った時に傘をさしてくれないという話です)
財務的に安定した経営をするためには「会社が好調な時こそ、不測の事態にそなえて借入をしておく」ということが重要です。
「今、事業が好調で早く返せそうだから返したい」というお客様には、「待ってください。この売上が今後数年ほぼ100%の確率で続くと言えますか?」ということをお聞きしています。ほぼ全ての経営者の方は、「そんなことはわかるはずがない」とおっしゃいますので、「であれば繰上げ返済はせずに、適正な借入残高を維持し、キャッシュを多く持っておきましょう」とアドバイスさせて頂きます。
より有利な金融機関や制度を利用するために返済・借換えをするのはもちろん構いませんが、会社全体の借入残高を減らすことには慎重になって頂きたいです。
(2)上場企業でさえ多めに持っている
監査法人に勤務していたときに以下のようなエピソードがありました。
その会社様は上場企業で当時業績が大変好調で、株主向けの指標を意識して借入残高をどんどん減らしていっていました。しかし、リーマンショックが来て、業績が一時的に下がってしまいました。業績が下がったとはいえ、回復の傾向は既に見えていましたし、客観的に見て借入残高を増やして備えておくほどではありませんでした。「借入残高を減らす」という方針自体は変更しないのだろうなあと予想していました。
しかし、その会社は一転して、不要とも思えるほどに借入残高を増やしていきました。その当時の私は、「キャッシュもかなりあるのにな。金利を結構払っているな」と思ったものです。
今はその方針が正しいとわかります。一般には上場していて、かつ、急成長期をすぎたような会社は、経営が安定していますので財務戦略としては借入を可能な限り絞っていく傾向にあります。しかし、上場企業であっても、上場会社の中で相対的に小規模な会社は財務的には万全とは言えない会社が多いため、「キャッシュを可能な限り持つ」という方針は、ベンチャーや中小企業と変わらなく、多くの場合がそえが正解なのです。
上場企業でさえそうなのですから、より不安定なベンチャーや中小企業は、「一時的に余裕があるから返済する」のではなく、「将来の不確実性のために常に借入をしておく」というのが、正解だと考えます。
2.銀行から一部繰上返済・内入れ弁済を要請された時の対処法
(1)銀行から要請された事例
以下は、弊事務所が所属する銀行融資プランナー協会で共有している実際の事例です。
直近の決算書を確認したところ、大幅な赤字を計上しており借入が難しい状態です。
念のため各金融機関に打診したところ、Z銀行以外は返済額の減額(リスケジュール)にて対応したいとの話になりました。
Z銀行だけが、リスケジュールではなく保証協会の保証付き融資に挑戦したいとの回答です。
Z銀行は保証協会の承諾を取り付けようと動きましたが、結果はNGでした。
よって、このタイミングで経営改善計画書を作成し、各金融機関に正式にリスケジュールの申し出を行いました。
◆同社グループの借入状況は以下です。
・A社借入総額 9,600万円
うち日本政策金融公庫 940万円
うちX銀行 1,100万円(全額保証協会保証付き)
うちY信用金庫 5,100万円(うちプロパー融資860万円)
うちZ銀行 2,460万円(全額保証協会保証付き)
・B社借入総額 2,300万円
うちZ銀行 2,300万円(うちプロパー融資1,500万円)
◆リスケジュール申し出時の各金融機関の様子
・日本政策金融公庫は快く応じてくださいました。
・全額保証協会のみのX銀行も快く応じてくださいました。
・一部プロパー融資(長期融資)のあるY信用金庫も、経営改善計画に理解を示して、快く応じてくださいました。
・B社に対してプロパー融資(短期融資)のあるZ銀行は、非常に厳しい対応でした。
◆Z銀行への訪問時の様子
担当者ではなく支店長と課長との面談でした。第一声でプロパー融資(短期融資)については
リスケジュールに応じられない旨の断りがあった後、加えて以下の主張がありました。
・店舗閉店に伴う保証金の戻り600万円をプロパー融資の内入れに充てて欲しい。
・お母様と共有名義になっている不動産を担保に入れて欲しい。
これらの主張を、「個人にも影響が及ぶ。」とか「代位弁済を請求しなくてはならなくなる。」等、
聞き慣れない言葉を挟みながら強い口調でお話しされた
(2)銀行は苦しい時に少しでも回収しようとする
上記の事例のように、会社が苦しくなった時に、金融機関である銀行等から一部繰上げ返済を求められることがあります。銀行の立場からしますと、「危なそうな会社からは少しでも回収しておこう」ということです。
追加融資ができないほどに苦しくなった時の基本的な考え方は、「返済のリスケジュールをして、一旦返済額を0円にする」というものです。その際には、経営改善計画書を短期間で作成して、各金融機関に納得してもらい、返済を止めることを1ヶ月でも早く行うことが重要です。
正直なところ、本当に中身のある計画書を作るのは大変時間がかかりますので、リスジュールをした後に行った方が良いです。まずは各金融機関が納得する(機関内の意思決定ができる)程度のボリューム・中身の最低限の経営改善計画書を作成して、出血を止めることを優先すべきです。
この計画書により、「猶予をもらえれば、借りたお金はきっちりと返済します」という説明をして、金融機関を納得させる必要があります。
(3)事例での対処法
この事例では、結果としてZ銀行も0円の返済額でリスケジュール契約を締結することが出来ました。
リスケジュールするために主張したポイントは以下のとおりです。
- 他行が返済額0円でリスケジュールに応じている状況で、Z銀行だけに返済をするのは偏頗(へんぱ)弁済にあたるのではないか。
→金融機関は横並びが原則です。他行がリスケに応じている中で、Z銀行だけを特別扱いをすることは出来ません。 - お母様の意向もあり担保提供は難しい。仮にお母様の了承が取れたとしても、Z銀行だけに担保提供を行うのは、同じく偏頗弁済にあたるのではないか。
- そもそも、Z銀行からプロパー借入れをしているのはB社である。A社に戻る保証金をB社の返済に充てることにA社の債権者が納得するかどうか。仮に納得したとして、どのような名目で資金を移動させるのか。
繰り返しになりますが、金融機関は金融支援を行う際に足並みを揃えるのが通例です。借り手は、自分の意思に関係なく、ある特定の金融機関だけを優遇することは出来ないルールです。
まとめ
- 自主的に繰り上げ返済(内入れ返済)をしようとするとき
→借入は企業に多くのメリットをもたらします。本当に返済して良いのか考えましょう。 - 金融機関から繰り上げ返済(内入れ返済)を求められたとき
→追加融資が難しい状況であれば、合理的な経営改善計画を作成して、「返済のリスケジュールをして、一旦返済額を0円」にしてもらいましょう。
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