5.72017
スタートアップのための資本政策表の作り方とフォーマット・テンプレート
日本の創業期の企業の多くは、社長が一人株主で、かつ、最初の資金調達の方法として創業融資という株主が変動しない方法を用います。資本政策は、出資を含む資金調達と経営陣の持株比率維持のための施策を意味しますので、そのような社長が一人株主の会社は作成する必要性を感じることはまずありません。
一方で、創業期から必要な企業もあります。それは、ベンチャーキャピタルなどから出資による資金調達を行う企業です。経営陣の出資比率は、(経営者がよほどお金持ちでなければ)基本的には減っていくだけで、後からも是正はできませんので、その点をよく理解した上で作成していく必要があります。
Contents
資本政策表のフォーマット・テンプレート
資本政策フォーマットから、ダウンロードしてください。以下で考え方や作成の仕方を解説していきます。
会社設立、主要メンバーラウンド、第1回ストックオプション
1.会社設立
会社設立時は、株価(H8セル)×発行株数(B16セル)を決めることにより、資本金(H10セル)が決まります。
9行の”新規株式発行額”がその都度の資金調達額、10行の”資本金+資本準備金”が累計の資金調達額を示しています。設立時は始めての資金調達(創業者自身の資金投入ですが、広義の意味で資金調達です)になりますので、9行と10行は同額です。
設立時の時価総額、株式数、株価
時価総額は、簡単にいうと株価×発行済株式数で計算される会社の価値です。設立時においては、設立時の資本金以外は会社の財産がありませんので、設立時の資本金が時価総額となります(ファイナンス理論の世界では、企業価値、負債価値などの様々な用語が出てきますが、この記事では会社全体の価値を時価総額もしくはバリュエーションと呼ぶことにします。シード・アーリーのスタートアップではそのような理解で問題ないと考えます)
”時価総額=株価×発行済株式数”という算式が成り立つため、3要素のうち2要素が決まれば、残りの1要素の金額が決まることになります。設立時は、資本金が決まった時点でまず1要素が決まり、次に設立時の株式数を決めて(自由に決めることができます)もう1要素が決まり、最後に、3つ目の要素である株価が決まるという流れになります。
資金調達上、発行済株式数が少ない多いで有利不利はありません。設立時に発行済株式数を多くすれば株価はその分下がりますし、設立時に発行済株式数を少なくすれば株価はその分上がりますが、時価総額には影響がないからです。
出資による資金調達を計画している会社であれば、設立時の発行株式数は1万株にしておけばまず問題ありません。上場が見えてくると株式分割という、株式を取引しやすいように小さくする手続きが必要になります。設立から株式数が少なすぎると早めにその手続を行う必要がでてきて、余計な手間とコストがかかってしまうため、ある程度の株数にしておいた方が手続き的に良いです。
時価総額のPreとPost
資金調達の際の時価総額(バリュエーション)には、Preの時価総額(プレバリュー)とPostの時価総額(ポストバリュー)という考え方があります。
Preの時価総額(プレバリュー)とは資金調達をする前の時価総額で、Postの時価総額(ポストバリュー)とは資金調達をした後の時価総額です。
”ポストバリュー=資金調達額+プレバリュー”となり、次のように表すこともできます。
”株価×(調達時の発行株数+調達前の発行済株数)=株価×(調達時の発行株数)+株価×(調達前の発行済株数))”
調達前の発行済株数は投資前に既に決まっていますので、それ以外の株価と調達時発行株数が変数となります。”資金調達額=株価×調達時発行株数”で、必要な資金調達額を一定とすると、株価が高いほうが調達時発行株数が少なくて済みますので、起業家が有利となります。
株価については、上場企業であれば株式が市場で取引されているので常に価格がついていますが、非上場企業の場合は常に価格がついているわけではありません。ですので、会社が資金調達する時や株主同士で売買する時など、その都度、当事者同士で適正な価格を算定して、発行もしくは譲渡することになります。
なお、「何億円の資金調達を実施しました!」という記事はよく目にしますが、「調達時点の時価総額(バリュエーション)がいくらか?」というのは上場するまで公表されることは、まずありません。
よって、「非上場時のバリュエーションはいくらが妥当か?」という議論は、他社事例を見ることができないため、その相場観は多くの事例を見ているベンチャーキャピタルなどのごく一部の方しか把握しておらず、我々専門家が聞かれたとしても答えが出しづらいものになっています。(ただし、登記簿謄本と決算公告により推定は可能)
DCF法や類似企業比較法など、技術的なバリュエーションの仕方は色々とありますが、特にベンチャーではその基礎となる財務数値の実績がないことや、結局のところ投資家がYesと言わなければ投資は成立しないことから、このような技法で算出されたバリュエーションは参考程度にしかならない場合が多いです。
2.主要メンバーラウンド
仮に、設立時や資金調達前に主要メンバーが固まれば、設立時に近い株価(例では設立時と同額になっています)で、主要メンバーによる増資を行うことを検討します。(設立時から主要メンバーが決まっていれば、設立時の資本金を共同で出します)
資本政策表の作成上は、O8セルに株価を入力し、I列に各人への付与数を入力しています。株価に関しては、創業から大きな事業上の進捗はないという前提で、設立時の株価と同額にしています。
ベンチャーの資本政策作成の目的と具体的注意点・手法に詳しく書いていますが、主要メンバーや共同創業者に株式を持ってもらうことのメリットや注意点は以下のとおりです。
会社の価値向上の強力なインセンティブになる
上場までいけば、会社の価値は創業時の1,000倍以上になることもあり、主要・創業メンバーの株式の価値もそれに応じて上がりますので、会社成長による会社価値向上への強力なインセンティブになります。
事業のために使える資金が増える
創業期は「あと1ヶ月分の資金さえあれば」という場面に遭遇することも珍しくありません。ですので、少額でも資金を出してもらうえるのは大いに助かります。ただし、社長の持株比率を大きく減らす増資には注意が必要です。
主要・創業メンバーの持株比率について
持株比率は成功するほど、大きな意味を持ちます。誰が何%を持つかをトップが明確な意思を持って決めないと後悔することになります。社長がある程度の比率、例えば70-80%持っていたほうがうまくいくのではないかと思います。
創業メンバーがやめた時の手当をしておく
いわゆる”タダ乗り”を防止することが必要になります。”タダ乗り”を防止するには、メンバー間で”株主間契約”を締結しておきます。株主間契約では、”会社をやめた場合は残っている他のメンバーに株式を売却する”という条項をいれておき、やめていくメンバーには会社に株をおいていってもらうことにします。
3.第1回ストックオプション
ストックオプションの最も重要な注意点は、その発行数です。上場時に発行済株式総数の10パーセント内におさまるように発行数を設計して下さい。超えると上場審査で問題になる可能性があります。例では、合計3回発行することにしていますが、最終的に10パーセント内に収まるようにしています。
なお、ストックオプションとは新株予約権の一種で、一般的には、役員や従業員に対するインセンティブ目的で発行される新株予約権をストック・オプションと言います。資本政策表では、社外の協力者にも発行する場合もあるため新株予約権と表示しています。
資本政策表の作成上は、S列に各人への付与数を入力していきます。
シリーズA、第2回ストックオプション、シリーズB
4.シリーズA
いよいよ外部株主からの最初の資金調達です。
資本政策表の作成上は、AC8セルに株価を入力し、W列に各投資家の出資株数を入力しています。株価に関しては、サービスリリースができてユーザーがつき始めたという前提で、設立時の株価の10倍にしています。
シリーズA、B、Cという言葉については厳密な定義はないのですが、シリーズAはサービスリリース前後、シリーズBはサービス成長期、シリーズCはサービス拡大期における資金調達のことを言います。ただし、早めに黒字化できてしまう会社はシリーズAの次がIPOというパターンもありますので、全ての会社が各ステージで資金調達をするわけではありませんし、その必要もありません。
最初の資金調達のバリュエーションについて
バリュエーションは非常に難しいですが、ITスタートアップのPreバリューの相場観としては以下のように理解しています。相場観を知らずに、サービスリリース前でいきなり数億円で評価してほしいと言っても、交渉にならないはずです。事業計画でいくら良い数字を作っていっても、それはあくまで計画であり、そこからDCF法などで算出したバリュエーションが高くても相場観から離れていては投資家と合意はできません。
サービスリリース前:~1億円
サービスリリース後である程度のユーザーがついている:1億円~3億円
ユーザーがついて売上があがっている:数億円~
実際には、もちろんケース・バイ・ケースで、創業者の方が過去に大きな実績を残されていたり、他の会社にない技術を持っていたりすると、もっと高くなりますので、上記は目安になります。
追記:バリュエーションについては、調査レポート: 186社の登記簿から分かったスタートアップの資金調達の「相場」もご参照ください。(こちらの調査のバリュエーションと比較すると上記はかなり安くなります。2016年のマザーズ上場の平均時価総額が66億円(数としては30億円台が最も多い)ということでしたので、リンクの調査対象は比較的バリュエーションの高いベンチャーになっているように思います。)
バリュエーションを少しでも高くするコツ
創業期にできるバリュエーションを高くする方法は、「うまくいったら、Exit時(多くは上場時)の時価総額はとても大きくなる」ということを説明できるようにすることです。それには、狙っている市場が大きく成長している、その中でシェアを取れる可能性がある、などを投資家に理解してもらうことが必要です。「どれだけ上手くいっても将来たいした時価総額にはならない」というのであれば、評価手法上も高く評価することはできませんので、「大きく化ける可能性がある」という説明は重要です。
最初の資金調達で放出を許容できる持株比率
一概には言えませんが、10社程度の生の声を聞いた限りでは15-20%がスタンダードになっているようです。これは、創業者が2回目以降の希薄化のことも考え、ある程度の期間は過半数を維持し続けるために許容できる放出の範囲であるという点と、最初に投資するベンチャーキャピタルにとってリスクと期待リターンを考慮したうえでの最低限取っておきたいシェアであるという点の2点が合致するのが、この15-20%ということなのではないでしょうか。
5.第2回ストックオプション
注意点は第1回と同様です。
6.シリーズB
ここでのPreバリューは上場時の目標バリューを決めて、そこから割引いて計算することになります。割引率はサービスリリース後で50-80%、その後は徐々に下がっていき、上場直前の調達時で20-30%が一般的と言われています。
私は、目標Preバリューを決めた上で、目標Preバリューをその時点の発行済株式数で割り算して、株価を決めています。
シリーズC、第3回ストックオプション、IPO
7.シリーズC
Preバリュー、株価の決定プロセスは、シリーズBと同様です。
ここまで来ると上場に向けての株主構成も意識するようになります。ベンチャーキャピタルは基本的には上場すると株式を売却することになりますので、上場後も安定的な株主を確保するためには、上場後も株主で居続けることを期待できたり、事業面での連携が期待できる、事業会社からの出資も検討することになります。
事業会社から見ると、一般にはシリーズAのようなリスクの高すぎるステージの会社には出資はしにくいものですが(ソフトバンクのようなトップダウンで決める会社は例外ですが、ほとんどの大企業は組織的な意思決定を必要とするためです)、シリーズCのように会社が拡大ステージまでくれば、すぐに倒産するリスクは小さいため出資しやすくなります。
8.第3回ストックオプション
注意点は第1回と同様です。
9.IPO
ついに上場です。
上場時の時価総額は、”上場の直前期の当期純利益×類似企業のPER”で計算するのが通常です。また、上場時に新規発行する公募株式数は、発行済株式数の12-13%が平均です。
まとめ
今回は、スタートアップのための資本政策表の作り方ということで、第1回の資金調達までの考え方について、厚く説明をしました。投資家から資金調達を考えられている方はぜひ参考にしてみてください。
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