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ベンチャーの資本政策作成の目的と具体的注意点・手法

資本政策は、一度実行してしまうと基本的には後戻りができません。

創業する際は、共同創業メンバーであれ、外部株主であれ、2人目以降の株主を入れる前には、本記事のような基本的なことを絶対に確認しておいていただきたいです。

Contents

1.資本政策作成の意味

創業初期のベンチャー企業における資本政策とは、IPOやM&AといったExit(ベンチャーキャピタル等から出資を受けた企業が、その後に企業価値を十分に上げて、ベンチャーキャピタル・経営メンバー等に自社の株式の売却の機会を与えること)までの、資金調達と経営陣の持株比率維持のための施策を意味します。ここでの経営陣とは、投資家から派遣された社外役員を除く実際に経営を行っているメンバーを指し、そのうち、創業者は株式の大半を持つ創業社長、創業メンバーは創業初期からの主要な役員・従業員を指すこととします。

また、IPOやM&AといったExitを目的としない会社であっても、「社長一人が100%の株を持ち続けて、社長が亡くなったら解散」という会社以外、つまり内部であれ外部であれ複数人で株を持ったり、将来的に誰かに会社を承継する計画がある会社は、資本政策は考えておく必要があります。

2.ベンチャーの資本政策作成の目的

昨今のベンチャー業界はビジネスの循環が非常に早くなっています。ひと昔前は自己資金で事業を立ち上げて、会社のバリュエーションをかなりの程度まで上げてから経営陣の持株比率を下げないように外部株主から調達するパターンも多かったと思います。しかし、自己資金のみでやっていては資金不足から競争についていけず、創業初期から資金調達することも多く見られ、また出し手である投資家も増えてきています。

投資家であるベンチャーキャピタル等から資金調達する場合は、いつ、いくらの資金を、いくらのバリュエーションで行うかが重要です。

会社のバリュエーションが右肩上がりになる前提ですと、創業初期は小さい金額を調達して、バリュエーションが上がるたびに資金調達していったほうが、経営陣の持株比率維持の面では有利となります。

※バリュエーションとは、会社がいくらで評価されているかの企業価値のこと。厳密には、企業価値=株主価値(出資した株主分の価値)+債権者価値(貸付した債権者の価値)ですが、ベンチャーは借入がない場合も多いため株主価値と厳密に区別されずに使わています。

以下の例をご覧下さい。

①1億円を一回で集めた場合

・会社設立:100株、1000万円で創業者Aが設立。株価は1000万円/100株で10万円。

・1回目の資金調達:ベンチャーキャピタルBから会社のバリュエーションを1億円と評価され5,000万円の出資を受ける。

株価は1億円÷100株=100万円のため、ベンチャーキャピタルBの出資株数は5,000万円/100万円で50株となる。

⇒創業者Aの持株比率は100株÷(100+50)株=66.6%。

②1億円を2回で集めた場合

・会社設立:100株、1000万円で創業者Aが設立。株価は1000万円/100株で10万円。

・1回目の資金調達:ベンチャーキャピタルBから会社のバリュエーションを1億円と評価され2,500万円の出資を受ける。

株価は1億円÷100株=100万円のため、ベンチャーキャピタルBの出資株数は2,500万円/100万円で25株となる。

・2回目の資金調達:ベンチャーキャピタルBから会社のバリュエーションを2.5億円と評価され5,000万円の出資を受ける。

株価は2.5億円÷(100+25)株=200万円のため、ベンチャーキャピタルBの出資株数は2,500万円/200万円で12.5株となる。

⇒創業者Aの持株比率は100株÷(100+25+12.5)株=72.7%。

①、②のうち、②が正解のように感じますが、実は正解はありませんし、結果的によかったとしか言えないとも思います。2回目の資金調達までバリュエーションが確実に上がるとは限りませんし、事業がうまくいかずに資金調達そのものができない場合だって考えれます。「集められるときに集めておけばよかった」と後悔し倒産していったベンチャーは多数あるでしょうし、成功した人に聞くと、「もう少しバリュエーションを上げておけばよかった。少しずつ集めるべきだった」とおっしゃいます。

資本政策を作成するには、いつ時点でいくら必要かということを計算する事業計画を正確に作る必要がありますが、創業時に作成した事業計画がその通りにいくことはまずありません。さらに2016年時点では出し手である投資家は多くいて供給過剰とも言われていますが、将来状況が変わる可能性があります。いついくら必要になるのかがはっきりとわからない、投資家も資金を出し続けるかわからない、といった不確実な要素が多いため、資本政策を作成し「必要な資金調達額と出資比率の維持のバランスをとる」ことが非常に難しくなっています。

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3.経営陣の持株比率は下がり続け、2度と上がることはない

増資を重ねていくと、持株比率の計算上分母の数が増えるため、経営陣の持株比率はどんどん下がっていきます。持株比率とは、全体の株数のうちいくつ持っているのかの比率のことです。持株比率が高いとういことは、株式が売却が可能になった時にそれだけ多くのキャピタルゲインを得ることが可能になりますし、株主総会での決議できる範囲が大きくなります。

持株比率が下がってきたら、経営陣がもう一回増資すれば良いのでは?と思われた方もいるかもしれません。しかし、実際は会社がうまくいくほど会社のバリュエーションが上がってしまいます。シリアルアントレプレナーなどの余程のお金持ち以外は、一度ベンチャーキャピタルが会社に入ってしまえば、経営陣による増資はほとんど不可能です。

以下の例をご覧下さい。

・会社設立:100株、1000万円で創業者Aが設立。株価は1000万円/100株で10万円。

・1回目の資金調達:ベンチャーキャピタルBから会社のバリュエーションを1億円と評価され4,000万円の出資を受ける。その株価は、1億円÷100株=100万円で一気に10倍に評価された。一方、ベンチャーキャピタルBの出資株数は4,000万円/100万円で40株、創業者Aの持株比率は100株÷(100+40)株=71.4%まで下がる。

・2回目の資金調達:急拡大すべく、きれいな事務所への移転や人員増をし支出はかなり増えたが、思ったよりも事業がうまくいかなかったため、さらに5,000万円程度の資金調達が必要になる。ベンチャーキャピタルBからバリュエーションを落とさず出資してくれるところを探してほしいと迫られ、なんとか前回と同じ株価100万円で5,000万円を出資してくれるベンチャーキャピタルCから出資をうける。ベンチャーキャピタルCの出資株数は5,000万円/100万円で50株。創業者Aの持株比率は100株÷(140+50)株=52.6%まで下がる。

・3回目の資金調達:事業が一気に軌道にのり成長資金の調達をしようとする。今度は引く手あまたで、会社のバリュエーション9.5億円で評価され、ベンチャーキャピタルD等からに1億円調達した。ベンチャーキャピタルD等の株価は9.5億円/190株で500万円、出資株数は1億円/500万円で20株。創業者Aの持株比率は100株÷(190+20)株=47.6%まで下がる。

(3回目の資金調達の後の創業者Aの独り言):半年後に株主総会が迫ってきているが、なにやらベンチャーキャピタルBとCが自分をあまり評価していないという噂を聞いたぞ。今後のことも考えて、選任されないということがないように自分の持株比率が過半数を超えるために追加出資したいな。計算してみると、10株×500万円=5,000万円超が必要なのか!到底無理だな。。ところで、直近の事業状況はさらに良くなってきてるな、今考えると3回目の資金調達は1億円も必要なかったのかもしれない。。。

上記のように、会社が数億円単位で評価されると、まず間違いなく創業者の追加出資の道は絶たれます。つまり、資本政策はやり直しがききません。

なお、振り返ってみると、以下のような問題点があったと思います。

・1回目の資金調達で、30%近くを放出してしまったこと(一回目の放出を20%程度にできるように、自己資金でもっと成長させるという手があったかもしれない)

・3回目の資金調達で、必要金額をもう少し慎重に検討できたかもしれない

なお、繰り返しになりますが、上記はあくまで一般論で絶対的な正解はありません。恐らくこのような状況でも、創業者Aがきちんと経営していれば解任されることはないでしょうし、創業者Aの経済的利益は持株比率×時価総額で決まるので、時価総額の方をこれから伸ばしていけば良いという考えもあります。また、最初に30%近くを放出したからこそ事業が成長ステージまで行けたのかもしれません。

ベンチャーでは数年単位の正確な資金予測は、事業自体が変わっている可能性すらありますのでほぼ不可能です。一方で、うまくいくケースとうまくいかないケースを考えて、それぞれの資金調達の仕方をシミュレーションしておき、最終的にご自分が納得いくようなシナリオを考えておくのは、意味のあることだと思います。

4.株式数と持株比率

誰にどの程度の株式を持ってもらうのかということを考えるときに、株式数やストックオプションの個数自体は意味を持ちません。その株式数などが会社全体の何%なのかということが重要です。

以下のやりとりをご覧下さい。
[speech_bubble type=”drop” subtype=”L1″ icon=”1.jpg” name=”質問”]時価総額10億円の会社Aの株式を100株持つのと、時価総額5億円の会社Bの株式を100株持つのでは、どちらの経済的価値が大きいでしょうか? [/speech_bubble] [speech_bubble type=”drop” subtype=”R1″ icon=”2.jpg” name=”回答”] 当然、Aでしょ!?[/speech_bubble]

実は正解は、「わかりません」ということになります。100株が何株のうちの100株なのかがわからないと判断できません。

会社Aの発行済株式が1,000株、会社Bの発行済株式が300株だったとします。株式数を発行済株式で割り算すると持株比率が算出されますので、会社Aに対する持株比率は10%,会社Bに対する持株比率は33.3%となります。保有する株式の価値は、「時価総額×持株比率」で計算され、会社Aの100株は1億円の価値を持ち、会社Bの100株は約1.7億円の価値を持ちます。この場合は、会社Bの株式を100株の方が経済的価値が大きいということになります。

会社設立の際に株式は任意に何株でも発行できますので、この株数に意味はないです。ストックオプションも同様で、ストックオプションを何個配分されるかよりも、行使した時に全体の何%程度になるのかが意味を持ちます。

5.議決権で考える経営陣の持株比率の意味

株式会社の重要事項は株主総会で決定され、その投票権の大きさは株式の保有率である持株比率で決まります。(正確には議決権比率ですが、ここでは持株比率といいます)

重要な分岐点は、①2/3以上を持っているか、②過半数を持っているか、③1/3超を持っているか、です。

①2/3以上を持っていると、株式の発行、ストックオプションの発行、定款の変更などの重要事項が創業者の投票のみで決議できます。ただし、ベンチャーキャピタルから投資を受けると、投資契約を別に結びますので、重要事項についてはベンチャーキャピタルの事前承諾などがないと実行できないことがあります。この点は、契約する際に今後の会社運営に支障がないかをよくチェックする必要があります。

②過半数を持っていると、取締役の選任・解任の決議が行えます。すなわち、創業者にこの権利があると自身が退場させられるリスクがない状態と言えますので、この分岐点を最も重視します。

③1/3超を持っていると、特別決議を否決できます。例えば定款変更について納得がいかなければ、否決することができます。

まずは、創業者自身が退場させられるリスクが全くない状態である過半数をなるべく長く維持する必要があると言えます。一方で、創業者が有能で代替人材がいなければ、投資家もクビにしようとは思いませんし、初期に比較的多額の資金が必要な事業では早くから過半数を割ることもあります。ケースバイケースであり、割り切りも必要と言えると思います。

6.ベンチャーの創業時の8つの具体的検討事項

(1).創業メンバーにも株式を持ってもらうことを検討する

将来会社が上場した時に、社長だけが何十億というキャピタルゲインを得て、苦労を共にした創業メンバーのキャピタルゲインは上場前に付与されたわずかなストックオプションのみというのであれば、創業メンバーからは不満が続出する可能性は高いです。また、入社の条件として株式の譲渡がないのであれば、優秀な人材ほど入社をためらうでしょう。そういったことを防ぐため、また会社の成長に貢献した方にはフェアな経済的利益を享受してもらうため、一部の株式を持ってもらうことを検討します。創業メンバーに株式を持ってもらうメリットは以下のとおりです。

①会社の価値があがるほど、創業メンバーの株式の価値があがる

上場までいけば、会社の価値は創業時の1,000倍以上になることもあります。ですので、創業時に100万円だけ出資したものが上場時には10億円以上の価値をもつということはありえます。株式所有は、創業メンバーにとって会社の価値向上の大きなインセンティブになるはずです。

②事業資金が増える

創業期は資金がとにかくありませんので、少額でも増資してもらえるのは大いに助かります。ただし、社長の持株比率を大きく減らす増資には注意が必要です。

なお、外部株主から出資を受けてしまうと、株価があがり、個人での出資は実質的に不可能になります。その場合は、テクニカルには種類株式と普通株式の価格の差などを利用して創業者から他のメンバーへの株式譲渡という形をとることはできますが、増資ではないため事業資金が増えるというメリットを享受できません。

③創業メンバーが会社の運営権の一部を持つため、モチベーションがあがる。

株式をもつことによって、株主総会の投票権を得ることができます。決議への影響を与えるほどの比率は通常もちませんが、投資家目線で会社に関わることによりモチベーションが上がると思います。

(2)創業メンバーやエンジェル投資家の持株比率について

創業メンバーによる増資や設立時の持株比率には注意が必要です。創業時は僅かな資金でも大変ありがたいと思うものです。ただ、この時各人の持株比率が大きく変動してしまうと後々大きな意味を持ちます。誰が何%を持つかを社長がきちんと決めずにやると、あとで後悔することになります。

例えば、社長がほとんど資金がない状態で、ナンバー2にも資金を出してもらい、社長が50%、ナンバー2が50%という持株比率になったとします。一般にはIPOするまでは資金調達を繰り返して30-40%程度までに比率は掛け算で落ちますので、40%まで落ちたとすると社長の持分は20%(50%×40%)になってしまいます。時価総額50億円になったとしたら、社長の株式の価値は10億円です。

この時、ナンバー2が上場までに十分に貢献してくれれば全く問題ない(後悔がない?)と思いますが、仮に途中でナンバー2がやめてその後の会社の成長に貢献していなかったとしても、社長と同じ経済的価値を得ることになってしまいます。社長が創業時に90%出していたとしたら35%となり、株主総会の特別決議を否決できる意味のある持株比率になります。

これは、創業期にエンジェル投資家に資金を出してもらう場合も同じようなことが言えます。エンジェル投資家は通常創業時よりも会社を高く評価して、持株比率も数%程度が妥当だと思います。創業時と同じ評価で、かつ、10%も20%も放出するなどのやり方はおすすめしません。”創業の苦しい時にお金を出してくれた”という貢献はあるのですが、創業時にお金を出すだけで、社長や創業メンバーとほとんど変わらないぐらいのキャピタルゲインを得るのは、どうかなと思います。

では、創業者の比率が何%ぐらいが妥当なのかという話ですが、共同創業であっても社長がある程度の比率、例えば70-80%持っていたほうがうまくいくのではないかと思います。それは、やはり一人の社長が強力なリーダーシップで、どんどん意思決定して、実行していくほうがうまくいくからです。ベンチャーで何か問題があるたびにじっくり議論して多数決で決めていたのでは、スピードができません。

最近では共同創業して2-3人が同程度の株式をもって上場しているケースもあります(ユーザベースなど)ので、必ずしもそうとは言えないのですが、上場時の書類を見ると社長一人が大多数の株式を持っていることが多いです。

(3)創業メンバーがやめた時の手当をしておく

ナンバー2が途中で抜けたのに大きなキャピタルゲインを得てしまうという例を挙げました。

”キャピタルゲインは会社への貢献に応じて享受してもらう”というのが、(結果全て公正にはならないのが常ですが)正しい資本政策です。これを達成するには、大した貢献はしていないのにキャピタルゲインだけを得てしまう、いわゆる”タダ乗り”を防止することが重要です。

タダ乗り”を防止するには、創業時から創業メンバー間で”株主間契約”を締結しておきます。株主間契約では、”会社をやめた場合は残っている他のメンバーに株式を売却する”という条項をいれておき、やめて行くメンバーには会社に株をおいていってもらうことにします。

この時には、いくらで売却するかという”買取条件”を定めておきます。通常は、時価と取得価額の安い方で譲渡するという取り決めがされます。

(4)株式やストックオプションにはべスティング条項を入れるか検討する

この株主間契約においては、べスティング条項(=権利確定条項)というものを入れる場合があります。

創業半年でやめたメンバーと、会社に何年か在籍してやめたメンバーでは、会社の成長に対する貢献度が違うわけですから、その貢献年数に応じて株式の一部を持ち続けてもらうというものです。

図のように、年間25%というのが最も採用されているようです。

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また、ストックオプションについても、付与したスタックオプションの権利を行使する条件の一部に、在籍年数を入れておき在籍年数に応じて同じように増やしていくというやり方もあります。

”いやいや、やめた人には一切株式を残さない!”というのは、日本では少なくないと思うのですが、個人的にはベンチャーの中での人材の流動性を高めるためにも、べスティング条項は活用すべきだと思います。

(5)株式の移動は税務上のリスクが伴う

創業者間の株式譲渡で問題となるのは、会社の価値が大きくなったときの税務上の扱いです。退職者が取得価額で売却するような場合に、受け取る側に贈与税が課されるリスクがあります。

例えば、2,000万円の時価の株式を、やめるメンバーの取得価額である100万円で社長に譲渡するとします。この場合、時価と譲渡されたときの価額の差額である1,900万円は贈与税の対象となり、約700万円の税金が発生してしまいます。契約上は買い取れるが、税務上のリスクから取引を行うことを躊躇してしまう場合もでてきてしまいます。

なお、ベンチャーキャピタルから出資を受けているのであれば、種類株式といって創業者のもつ普通株式よりも価値の高い株式で投資を受けます。”普通株式は種類株式ほどの価値はなく、種類株式と普通株式は別に評価する”というのは、一応、税務上も問題ないとされています。よって、種類株式と同じ評価をする必要はありませんが、税務リスクをなくすなら普通株式は少なくとも税法に沿った評価額で譲渡する必要があります。

この問題を解決する万能の方策はないのですが、”(税務対策として)普通株式を合理的に低く評価しそれを書面に残しておく”ということが重要です。

(6)最初のベンチャーキャピタルからの出資は何%ぐらい放出が妥当なのか

一概には言えませんが、10社程度の生の声を聞いた限りでは15-20%がスタンダードになっているようです。これは、創業者が2回目以降の希薄化のことも考え、ある程度の期間は過半数を維持し続けるために許容できる放出の範囲であるという点と、最初に投資するベンチャーキャピタルにとってリスクと期待リターンを考慮したうえでの最低限取っておきたいシェアであるという点の2点が合致するのが、この15-20%ということなのではないでしょうか。

(7)ダウンラウンドの時に起きうることを理解しておく

増資する際には、バリュエーションが高いほど、経営陣の持株比率が維持の観点からは有利です。

会社が順調にバリュエーションを上げていければ高いバリュエーションで問題ないですが、良いことばかりではありません。問題は、事業がうまくいかなくなり、バリュエーションを下げなければ資金調達ができない可能性が出てきた時です。前回よりも株価を下げて増資を行うことをダウンラウンドといいます。

基本的には既存の株主である投資家はバリュエーションのアップを望みますので、簡単にはダウンランドでの追加増資は認めません。

そうすると、出資を検討している新たな投資家も”もっと低いバリュエーションなら投資していいと思ったけど、現状のバリュエーションは高すぎるからやめておこう”となります。みなさんも上場株式を買うときに、PERが高すぎる割高と思われる株式には手を出しにくいと思いますがそれと同じです。

さらに、ダウンラウンドで増資を実行できたとしても、既存投資家との投資契約には必ず希薄化防止条項(持株比率を下げないための手当)が入っていますので、経営陣の持株比率は一気に下がります。びっくりするぐらい下がります。希薄化防止には、ラチェット(前回の出資分を完全に今回の株価に置き換える。VCが有利)と加重平均(前回の出資分を前回までと今回の株価の加重平均株価に置き換える。経営陣が有利)の2つのやり方がありますが、いずれにしろ経営陣分は大きく希薄化してしまいます。どちらになるかは、ベンチャーキャピタルのポリシー、創業者のこだわり、契約の交渉次第です。

・会社設立:100株、1000万円で創業者Aが設立。株価は1000万円/100株で10万円。

・1回目の資金調達:ベンチャーキャピタルBからバリュエーションを1億円と評価され4,000万円の出資を受ける。その株価は、1億円÷100株=100万円。ベンチャーキャピタルBの出資株数は4,000万円/100万円で40株、創業者Aの持株比率は100株÷(100+40)株=71.4%まで下がる。

・2回目の資金調達:思ったより事業がうまくいかなかったが、さらに5,000万円程度の資金調達が必要になる。ベンチャーキャピタルBからバリュエーションを落とさず出資してくれるところを探してほしいと迫られたが、結局はダウンラウンドとなった。株価50万円で5,000万円を出資してくれるベンチャーキャピタルCから出資をうける。ベンチャーキャピタルCの株式数は、5,000万円÷50万円=100株。

(ラチェットの場合の2回目後の持株比率)

・ベンチャーキャピタルBの株式数が株価50万円の場合の株式数に修正され、4,000万円÷50万円=80株となる。創業者Aの持株比率は100株÷(100+80+100)株=35.7%まで下がる。

(加重平均の場合の2回目後の持株比率)

・ベンチャーキャピタルBの株式数が株価約80万円(算式は以下を参照)の場合の株式数に修正され、4,000万円÷80万円=50株となる。創業者Aの持株比率は100株÷(100+50+100)株=40%まで下がる。

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(8)株式譲渡やストックオプションは優秀な人材を獲得するための武器

株式譲渡やストックオプションはキャッシュがなく優秀な人材に対して高い給与が払えない会社にとって大きな武器になります。なお、ストックオプションは、会社が役員や従業員に対して、一定の価額で会社の株式を購入することができる権利を付与して、役員や従業員は株価が上昇した時点で権利を行使して株価上昇の報酬が得られる制度のことです。

今までの話をすると、株式を放出するのは惜しくなってしまうかもしれません。しかし、例えば何%か渡しても、その分企業価値があれば、株式の価値という点からは結局は元を取れるので、適切な比率の範囲内で活用すべきだと思います。

ストックオプションについては、行使されるまで(設計によりますがほとんどが上場されるまで)株式の権利は発生しません。議決権に影響を与えないという創業者にとってのメリットがあります。

株式売却やストックオプションによるキャピタルゲインは、取得もしくは付与時点と売却時点の価格差が利益となるため、成長余地の大きなベンチャーはそれだけ利益が大きくなる可能性があります。上場企業でもストックオプションなどの株式報酬が活用されていますが、ベンチャーのように100倍になるようなことはありえませんので、上場を目指す非上場企業にだけ持たされた大きな武器とも言えると思います。

発行数は、上場時に10パーセント内におさまるようにして下さい。超えると上場審査で問題になります。

ちなみに、私もCFOとしてベンチャーにジョインされて大活躍され上場を果たした方を何人か知っていますが、皆さん今は会社をやめられて、その資金を使って新しいビジネスに挑戦されたり、エンジェル投資をされています。ベンチャーに参加またはベンチャーで成功していなければ、新規事業の立ち上げのノウハウも資金もなかったため、今のような活躍はされていないでしょう。このような良い循環を作るためにも、成功に貢献したメンバーにはキャピタルゲインで利益を上げてもらうのは重要だと思います。

7.ベンチャーでよく使われる資本政策の手法

ベンチャーでよく使われる手法を紹介します。

(1)第三者割当増資

創業メンバー、エンジェル投資家、ベンチャーキャピタル等の特定の者から、設立後に新たに株式を発行して出資してもらうことを第三者割当増資といいます。株主から均等に増資してもらうことを株主割当増資といいますが、創業初期のスタートアップ・ベンチャーが使うことはほとんどありません。新たに株式を発行しますので、出資をしなかった株主は持株比率は低下します。

創業初期の増資による資金調達は持株比率の大きな低下を生じさせる可能性がありますので、バリュエーションを一定程度まで上げることを目指します。初期の必要資金については、自己資金で賄うのがベストです。

創業初期は、創業融資の制度がありますので、もし使える可能性があるようであれば検討します。一般には、一定の期間内でキャッシュを生む見込みのある事業でなければ借入で資金調達を行うことは難しいため使えるかどうかはケースバイケースです。飲食店や美容室のように、最初に設備投資をして、営業開始直後からキャッシュを生む見込みのある事業は創業融資が向いていると言えます。

(2)株式移動

特定の者から特定の者へ株式等を移動するときに用いる方法で、株式譲渡のことです。新たに株式を発行しませんので、移動の当事者でない株主の持株比率は変動しません。

スタートアップ・ベンチャーは、新たに採用する主要メンバーに創業者が株式を譲渡する、辞めていく主要メンバーが創業者に株式を譲渡する、といった場合が該当します。

既に説明したとおり、バリュエーションが上がると税務上のリスクが大きくなりますので、注意が必要です。

(3)ストックオプション

①上場前は現実感も増し、特に人材採用の効果が大きい

上場準備会社においては従業員採用の強力な武器となります。これは、創業初期に比べて、上場する可能性は相当程度ありますし、購入株価も資本政策を誤っていなければそれなりに低い価格で設定が可能です。現実感があり、かつ、かなりのキャピタルゲインも期待できるというわけです。

②会社のメリット

会社にとっての最大のメリットは、キャッシュアウトを伴わず、かつ、非上場であれば費用計上を伴わず、役員や従業員に報酬を与えることができるという点です。ストックオプションは設計や手続きにはそれなりのコストが伴いますが、役員や従業員にキャッシュを直接支払うものではありません。また、上場していなければ費用計上の必要はないとされていますので、会社の損益上通常の給与と比べて有利となります。

③税制の概要

ストックオプションは、税制面からいうと、税制適格・税制非適格の2種類があり、税制適格となるように設計されます。税制適格となると、株式を売却するまで税金がかからず、税率20%で済みます。「平成28年1月からの個人の方が上場株式等を保有・譲渡した場合の金融・証券税制について(平成27年9月)」。一方、税制非適格となると大部分(権利行使時と付与時の価格差)が給与所得となりますので、累進課税による税金発生し悲惨なことになってしまいます。

④誰に何%を配分すべきか

理想としては、年度ごとの貢献度×在職年数で決められるべきなのでしょうが、年度ごとの貢献度というのはなかなか定量化が難しいものです。さらに、会社が上場すると誰にいくら配分をしたかが明らかになり誰でも見ることができます。上場まで一致団結したが、上場後にそのストックオプションの配分を見てモチベーションがさがったという話はよく聞きますので、配分基準について説明できるようにしておく必要があります。

(4)株式分割(上場前)

既存の株式を細分化させることです。100株の株式を発行していたとして、従業員の方に0.2%分のストックオプションを付与したい場合には、現状の発行株式数では少なすぎて配分できません。このような場合に株式分割を行います。設立してすぐに株式分割が必要なことにならないようにストックオプションを付与する予定があるなら、1万株ぐらい発行しておくのが無難ではないでしょうか。

さらに上場する場合、全国の証券取引所は100株単位で取引できるように促していますし。100株単位、時価総額30億円、流通させたい金額単位が30万円だとすると、30億円÷30万円×100株=1百万株が上場時には必要ということになります。設立当初から、上場まで想定して株式数を発行する必要はありませんが、上場が見えたタイミングで上場に向けた適切な株式数に株式分割することになります。

(5)財産保全会社(上場前)

安定株主比率の維持や事業承継の手段として、財産保全会社を設立する場合があります。

安定株主とは長期にわたって株式を保有する者をさしますので、ベンチャーキャピタル等の上場後に比較的短期に株式を売却してしまう株主は該当しません。

創業者の持株については、創業者が亡くなった時に多額の相続税が発生しますので、遺族がそのまま全ての株式を引き継ぐことは難しくなります。財産保全会社は、相続税法上株式の財産評価を下げる点にメリットがあり、遺族がより多くの株式を相続できます。ただし、財産保全会社の会社情報を開示することが求められていたり、上場時の規制もありますので、財産保全会社に多くの株式を持たせないようにする必要があります。

設立から数年で上場するような会社は創業者の方が若く財産保全会社のスキームはあまり見られません。さらに、このような節税のためのスキームは将来的に税制改正により意味が薄れるリスクがあります。

(6)経営陣の種類株式(上場前)

上場前に創業者に種類株式を割り当てるスキームを使い、上場した例はサイバーダインが代表されます。サイバーダインは議決権10倍の株式を社長が持っている状態で上場しており、当時は色々なところで是非が議論されました。米国ではGoogleが同じようなスキームで上場していますが、日本では一般的に使われるものではありません。このようなスキームを使って上場承認される会社は極めて限定的と思います。

8.上場前後の規制

上場前後に株式を動かすことについては、規制や開示義務がありますので、注意が必要です。

(1)上場前の第三者割当等による募集株式の割当等の規制

①継続所有義務期間(上場後すぐに売却できない)

上場申請日の直前事業年度の末日の1年前の日以後に、第三者割当増資等を行った場合には、上場後6ヶ月の所有義務を負います。また、保有期間が1年に満たない場合には、増資後1年間となります。

②開示対象期間(上場前の一定期間の増資の状況を開示)

上場申請日の直前事業年度末の2年前の日の翌日から株式上場日の前日までに行われた第三者割当等による募集株式の割当を行っている場合および特別利害関係者等が株式等の移動を行っている場合には、その具体的な価格算定根拠・割当先(移動先)・株式数等の開示義務を負います。

(2)ストックオプションとしての新株予約権の割当等の規制

①継続所有義務期間(上場後すぐに売却できない)

上場申請日の直前事業年度の末日の1年前の日以後に、ストックオプションの発行をしている場合には、その付与された者は、譲受日から上場日の前日または権利行使日のいずれか早い日まで所有義務を負います。

②開示対象期間(上場前の一定期間の発行の状況を開示)

上場申請日の直前事業年度末の2年前の日の翌日から株式上場日の前日までに行われたストックオプションの発行は、そのストックオプションの内容をの開示義務を負います。

9.まとめ

各社の事情によりケースバイケースですが、創業者自身が退場させられるリスクがない状態である過半数をなるべく長く維持することをまずは考える必要があります。そのためには、比較的コントロールの効く創業初期ほど注意して持株比率を少なくしていったほうが良いと思います。年数が経過していき、例えば事業がうまくいかない時などは、どうしても比率が下がる場面が出てきてしまいます。

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